人の意見はむつかしい。その2
ウイスキー、特にモルトウイスキーに関する書物を最初に手にしたのは今から30年近く前の話。モルトウイスキーが今ほどには人口に膾炙しておらず、スコッチウイスキーと言えばブレンデッドがまだまだ主流であった。しかし、当然ながら好事家の集まるバーではきちんとモルトウイスキーを扱ってもいた。
1990年代の初めの頃、モルトウイスキーに関する仔細な書物は現在のようには見当たらず、日本人の著者では平澤正夫氏によるものが幾冊かあった。また翻訳では、マイケル・ジャクソンの著書『THE WORLD GUIDE TO WHISKY 』が『世界のウイスキー』として鎌倉書房より発刊されていた。土屋守が有名になるのも、もう少しだけ後の話である。
私が最初に手にしたウイスキーに関する書物は平澤正夫氏の『間違いだらけのウイスキー選び』。これは1977年の著作物で、当時の国内企業に於ける実態から乖離した、不誠実なビジネスに対して告発を行う事を目的とした書物である。こちらはジャーナリスティックな視点でのウイスキーと企業の話である為、ウイスキーの味自体の評価とは方向性が全く異なる。平澤氏はこの他、松下幸之助と資生堂に関する書物も手掛けている。しかし、この本のお陰様で私は立派なサントリー嫌いとなった。次に1990年に『スコッチ・シングルモルト全書』を発刊し、平澤氏はこれをもってウイスキーの世界から距離を置く。その後、土屋守氏のモルトウイスキー大全が1995年に発刊され、この辺りからモルトウイスキーに注目が集まるようになる。80年代はウイスキーと言えばバーボン一辺倒で、スコッチなどは年寄りの飲む酒と見向きもされていなかった。若者が先行する世代を否定したがるのも人の世の習い。
しかし、国内においてモルトウイスキーブームを決定的にしたのは、2000年に翻訳出版されたマイケル・ジャクソンの『モルトウイスキーコンパニオン』だ。(2001年、ニッカ余市10年がウイスキーマガジンにて世界一を受賞した事も大きな要因の一つ。ここからサントリーが焦り、力を発揮し始める)本国では1989年に第一版が発刊されていたが、この年に第四版が日本語に訳出されている。
この書物の何が素晴らしいかと言えば、微に入り細に渡って点数付けがなされている事である。しかも1点刻みで。素晴らしい独断と偏見。しかしマイケル・ジャクソンの途方もない飲酒経験(敢えて飲酒と呼びたい)とテイスティング能力により恐ろしく価値のある本に仕上がっている。例えばマッカラン18年について1981、1982、1983、1984にそれぞれ93点、94点、93点、94点を採点している。おい、その1点の差って何なんだよ、一体にそれは本気なのか?と訝りたくもなる。しかしマイケル・ジャクソンの文章を読み進むに及びその疑問も興味へと変わる。それはウイスキーへの愛の言葉のようで正にそうでしかない言葉の数々であるのだ。ただの評論、ウイスキーに対する相対的評価と言うには余りある言葉がそこにはある。そして実際に購入し味わうにつけ、それは全幅の信頼へと変わる。一見すると、およそマイケル・ジャクソンと比してテイスティング能力に劣る者であればその力にひれ伏し、評価を受け入れざる得ないように見える。しかし、人間の好み、能力は優れたものでマイケル・ジャクソンに連なる評論家の評価を元に種々味わってみても意見が異なる事が少なくない。ジム・マーレイが悪いわけではない。大方では大変納得のいく意見であるし、何と言ってもジム・マーレイの著書である『JIM MURRAY’S WHISKY BIBLE』は点数を0.5で刻んでくる。しかも5000種近くのテイスティングを掲載している。実際、正気の沙汰とは思えない。
その3に続く
8ヶ月ぶりの更新ですがもう暫く続きます。川越さん、熊本から以上ご報告致しました。